痩せ薬ってホントに安全? 正しい知識と使い方を薬学の視点から解説
最近では、糖尿病の治療薬である「GLP-1受容体作動薬」が、“痩せ薬”として注目されています。でも、この薬、本当に誰でも使っていいのでしょうか?
薬には効果がある一方で、副作用や注意点もあります。今回は、薬学の視点から「痩せ薬」と呼ばれる薬の正しい知識や使い方について、わかりやすくお伝えします。
目次
なぜ「痩せたい」と思う人が増えているの?

現代の日本では、食や健康だけでなく美容への関心が急激に高まっています。この傾向は幅広い世代の多くの男女にみられ、特に若い女性のあいだでは約5人に1人が、BMI(肥満度を測る指標):18.5 未満の「痩せ」に該当していることが分かっています。また、このような女性の多くは、普通体型BMI:18.5~25)であるにもかかわらず、自分が太り過ぎているように感じているようです[1]。その背景として、テレビやSNSで広まっている「理想体型」や「痩せた女性の体型」が大きく影響しています。これらの見た目への憧れと欲求は、男女問わず多くの人に影響を与え、痩身願望とともに過剰なダイエットに関心を向かわせているのではないかと考えられています。
ダイエットと健康リスク

ダイエットや運動をすることで「理想体型」に近づくことはできます。でも、「理想体型」を維持するには相当な努力が必要で、過剰に追求することで、以下のような健康リスクがあります。
・摂食障害(たとえば、全然食べなくなる「拒食症」や、逆に食べすぎてしまう「過食症」)
・精神的ストレス
・貧血や骨粗しょう症など将来の健康問題
そのため、このような食事制限や運動より簡単で楽な方法、例えば「薬を使ってもっと効果的に体重を減少させたい」と考える人が世の中に増えてきました。
「痩せ薬」として注目された糖尿病の薬

最近SNSで話題になっているのが、「GLP-1受容体作動薬(じゅようたいさどうやく)」という薬です。この薬は、それぞれの薬剤専用の注入器(シリンジ、ペン型注入器、オートインジェクター)を使って、患者さん自身が投与します。本来は、肥満のある糖尿病の患者さんに使われていた治療薬で、血糖値を下げたり、食欲をおさえたりする効果があります。
この働きが「体重を減らすのに役立つ」として、「簡単に痩せることができる魔法の薬」とか「GLP-1ダイエット」などとSNSで投稿されるようになり、誤った情報がたくさん広まっています。中には、海外から個人で薬を取り寄せて使っている人もいるのが現状です。
このような流れの中で、美容クリニックや一部の病院では、糖尿病でない人にも「手軽に痩せるための薬」としてGLP-1受容体作動薬や、それと似たGIP/GLP-1受容体作動薬(セマグルチド、リラグルチド、チルゼパチドなど)を出すようになってきました。これらの薬は本来、保険が効かない美容目的の使用なのに、需要がどんどん高まり、実際に処方される件数も急増しています。
でも、使っていいのは「必要な人」だけ

このような薬は、もともと糖尿病などの病気を持っている人が、安全に使えるように設計されています。そのため、美容目的で使うことは、医学的な必要性に基づかないケースが多くなっています。その結果、医療費や安全性(副作用)の懸念だけでなく薬の安定供給が難しくなり、本来必要とされる糖尿病患者の治療方法が制限されてしまうこともしばしば起こり社会問題となっています。
このような状況から2023年11月には、日本糖尿病学会が「GLP-1受容体作動薬およびGIP/GLP-1受容体作動薬の適応外使用に関する日本糖尿病学会の見解」として、「本来の目的(病気の治療)以外には使わないように」という見解を発表しています[2]。
条件付きで「肥満症」にも使用可能に

2025年現在、セマグルチド(商品名:ウゴービ皮下注)とチルゼパチド(商品名:ゼップバウンド皮下注)などの一部の糖尿病薬が「肥満症」にも使えるようになりました。ただし、誰でも使えるわけではなく、高血圧や脂質異常症などの病気があり、一定の条件を満たした人だけが保険で使えます。
これらの薬は、消化管ホルモンに似た成分で作られていて、血糖値を下げたり、胃の動きをゆっくりにしたり、食欲を抑えたりして、結果的に体重が減る仕組みです。
でも、副作用として、吐き気や腹痛、下痢などの消化器症状に加えて、長く使うと胆嚢やすい臓、胃腸のトラブルなどのリスクもあります。そのため、安易な使用は避け、きちんとしたルールや監視体制が必要とされています。
市販の「痩せ薬」はどうなの?

テレビCMでも見かける大正製薬の「アライ(成分名:オルリスタット)」という薬は、薬局で買える「要指導医薬品」として販売されています。これは、医師の処方がいらない代わりに、薬剤師から説明を受けなければ買えません。
アライの効果は、体の中で脂肪の吸収をおさえて、便と一緒に脂肪を出すというもの。半年で内臓脂肪が約8%減り、体重は約2.1kg、1年で約4.0kg減ることが確認され、腹囲も平均で約4.7cm小さくなったというデータもあります。
実際に体重が減る効果もありますが、副作用を感じる場合も多く、
・油っぽい便が出る
・おならに油が混じる
・脂溶性ビタミンの吸収が悪くなる
など、不快な症状が起こりやすい薬です。しかも18歳未満は使えません。
そのため、購入の際は薬剤師からの説明が必須になっています。
薬に頼る前に、まず「正しい知識」を

「痩せたい」「理想の体型になりたい」という気持ちは誰にでもあります。でもその方法が自分に合っているか、安全なのかを知らずに薬に頼ると、大きなトラブルを招くかもしれません。
薬は医師や薬剤師などの専門家と相談して、正しく使うことが大前提です。SNSで見かけた情報に惑わされず、正しい知識を持ちましょう。健康的に痩せたいときは、まず生活習慣を見直すことが第一歩です。
【出典】
[1]日本習慣病予防協会:https://seikatsusyukanbyo.com/calendar/2022/010664.php
[2]日本糖尿病学会:https://www.jds.or.jp/uploads/files/document/info/jds_statement_GLP-1.pdf