筆者は正直あまり関心がありませんでしたが、あるパビリオンに関わることになりました。
それをきっかけに「宇宙」という自分の専門分野から万博を見ていると、見えてくることがいくつもありました。
目次
宇宙の目線で大阪・関西万博を歩くと、いろいろ見えてきた話
2025年4月13日、大阪・関西万博が開幕しました。
これだけネットで世界の情報収集ができ、海外旅行も、円安で現在行きにくいとはいえ、50〜60年前のように一生に一回行けるか行けないかといった状況でもないのに、なぜいろんな国の情報を、大きな予算をかけて、市民は高い入場料を払って見に行かないといけないのかと、全く興味がわきませんでした。しかし、自分自身が関わることになったため、いろいろと調べてみました。

なぜか会場は大阪のみなのに、経済産業省が決めた略称が「大阪・関西万博」です。
「1970年万博との区別をつけやすくする」「大阪だけでなく関西の魅力を発信する」といった理由から「関西」をつけるのだとされています。と言われてもよくわかりませんが、近畿圏の県別パビリオンがあるらしいです。
しかし「関西」ではない。逆に大阪は関西ではないのでしょうか。しかも正式名称は「2025年日本国際博覧会」です。他人様(ひとさま)の意図を理解するのは難しいので、自分が勉強している「宇宙服」という視点から眺めてみました。
そこで今回のポイントは3つです。
① 万博における宇宙服の展示
② スペースXの新しい船外活動用宇宙服
③ 今後の宇宙服研究
万博における宇宙服の展示
国内からは宇宙開発の最先端を担う宇宙航空研究開発機構(JAXA)が展示を行っているらしいです。
上映される映画の中に、トヨタと開発を進めている「有人与圧ローバー(宇宙探査用の与圧車両)」の映像が流れるらしいです。
JAXAの報告書では、「ローバー」ではなく「ローバ」と記載されています(1)。
イギリスの自動車メーカーと区別するためかと思っていたのですが、展示では「ローバー」と表記されているようです。さらに、その1/5模型も展示されるらしいです。どちらが正しいのでしょうか。現場で訊いてきてください。

映像にしても模型にしても、その横に必ず船外活動用宇宙服(EVA suit)が並んでいるのですが、
上記報告書ではEVA suitの開発はアメリカ航空宇宙局(NASA)のみで、JAXAの項には含まれていません。
ローバー内部は与圧されているので宇宙服を着る必要もなく、船外活動については「支援」となっているので、国内では現在宇宙服開発は進められていないのだろうと思われます。
まだまだ我々が勉強し続ける意味があるということです。アメリカ、中国パビリオンでも、かの「月の石」「月の裏側の砂」の展示はあるようですが、宇宙服模型など3Dの展示はなさそうです。
スペースXの新しい船外活動用宇宙服
2030年に国際宇宙ステーションの運用は終了することになっています。それどころか、トランプ氏がアメリカ合衆国の大統領となり、NASAの予算が大幅に減らされたため、前倒しで終わる可能性も出てきました。
また唯一、日本人宇宙飛行士が乗れるロケットを飛ばしているスペースXのイーロン・マスク氏が「月へ行きたくない、火星へ行きたい」と言い出したものだから、有人月面探査「アルテミス」計画を進めていたNASAの幹部が4人も辞めてしまい、新しい宇宙服は出てこないのだろうかと思っていました。
ところが、2024年9月12日、スペースXが船内服をほぼそのまま利用し、減圧症予防のための「予備呼吸(気圧を下げる前に体内の窒素を排出するための呼吸処置)」を2日間かけて、船内全体の気圧を少しずつ下げて、4人の乗員が全員船外にそっと出ました。それはそれでスゴイ快挙なのですが、実際に船外で動かしているのは、ほぼほぼ肘関節だけです。モニターの数字を見ると、服内圧は最低でも4.8 psi(0.33気圧)なので、現行の宇宙服4.3 psi(0.3気圧)よりも高い圧です。それでもけっこう動きやすそうです。映像で見る限り、この肘関節には筆者が国内で特許を有している「フレームジャバラ(関節の柔軟性と耐圧性を両立させる構造)」と同様のものが使われているようです(2)

今後の宇宙服研究
岐阜医療科学大学では「伸縮性」素材を用いた、予備呼吸不要となる与圧0.65気圧でありながら高い可動性を有するEVA suitの試作・検証を続けています。すでにグローブ、膝関節については国際誌に報告を行ってきました(3、 4)。なかなか肩関節、股関節といった大きく、かつ様々な方向に動く「球関節」についてはなかなか難渋していますが、少し光が見えてきたところです。なぜ伸縮性素材なのか、新しい関節構造はどういったものになるか、ひと様にお見せできるようになった際には詳しく報告したいと考えています。


岐阜医療科学大学式宇宙服が万博に展示されます。
8月10日〜16日、大阪ヘルスケアパビリオン内のデモキッチンエリアで、岐阜医療科学大学式船外活動用宇宙服「Knight Suit®」(5)の模型を展示する予定です。期間中に訪館された際には、拡散させるとともに、いろいろと「好意的」ご意見をいただきたいと考えています。
続きは岐阜医療科学大学で。
【用語の解説集】
1.EVA suit
Extravehicular Activity suitの略。宇宙飛行士が宇宙船の外で作業する際に着用する特殊な服。真空・放射線・温度差から身体を保護する。
2.宇宙航空研究開発機構(JAXA)
日本の宇宙開発を担う国の研究機関。人工衛星、ロケット、国際宇宙ステーション(ISS)への関与などを行う。
3.有人与圧ローバー
宇宙飛行士が乗り込むことを前提に、内部が気密(与圧)された探査車。与圧により宇宙服を着ずに活動が可能。
4.NASA(アメリカ航空宇宙局)
アメリカの宇宙開発を担う政府機関。アポロ計画やスペースシャトル、ISS運用などを行ってきた。
5.月の石/月の裏側の砂
アポロ計画や中国の月探査機が持ち帰った月の地質サンプル。非常に貴重で世界中の展示に用いられる。
6.ISS(国際宇宙ステーション)
地球低軌道上を周回する国際共同の宇宙実験施設。NASA、JAXA、ESAなどが参加。2020年代後半に運用終了予定。
7.アルテミス計画
NASA主導の有人月面探査計画。アポロ計画以来となる人類の月面着陸を目指している。
8.予備呼吸
宇宙服着用前に、体内の窒素を排出するための呼吸プロセス。減圧症を防ぐために必要とされる。
9.psi(ピーエスアイ)
圧力の単位「pounds per square inch」の略。アメリカではこちらがよく圧力の単位として使用される。
10.球関節
肩や股関節のように、多方向に動く関節構造。
| 【参考・出典】 (1) JAXA 有人宇宙技術部門/国際宇宙探査センター「有人与圧ローバの検討状況」2024年5月17日 p. 10(2) 蛇腹構造 (内部高与圧かつ高稼働性蛇腹)出願人:神野学園,発明人:田中邦彦(特許第6325485号)(3) Tanaka K, Ikeda M, Mochizuki Y, Katafuchi T. Mobility of an elastic glove for extravehicular activity without prebreathing. Aviat Space Envi Med. 82: 909-912, 2011.(4) Tanaka K, Mano T. Superior mobility of knee parts with dual-versus single-axis hinge for extravehicular activity without prebreathing. Acta Astronautica 161, 325–327, 2019. doi.org/10.1016/j.actaastro.2019.05.047(5) 田中邦彦 第5524061号 「Knight Suit (ナイトスーツ)」 第9類 宇宙服 平成24年9月28日 |