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地球”温暖化”から地球”沸騰化”へ

地球温暖化が叫ばれて久しくなりました。
2023年7月には、国連のアントニオ・グテーレス事務総長が、世界平均気温が観測史上最高を記録したことを受け、「地球沸騰化」(Global Boiling)という表現を用いました。
日本でも「まだ夏!?」と言いたくなるほど夏が長くなり、その残りを秋・冬・春で分け合うような不思議な気候を経験しています。
最終的には「四季」が「二季」になる可能性も指摘されています。
しかし、外気温がどうであっても、室内が快適であれば、あるいは自分の周囲、最低限体温が快適なレベルに保たれていれば、日常生活には大きな支障はありません。
筆者がドバイを訪れた際には、外気温が非常に高く、出歩くのは危険に感じましたが、通路を含めて屋内はエアコンが強く効いていて寒いほどでした。
また、自動車の中や宇宙服の内部のような「密閉空間」では、エアコンのない環境下ではあっという間に温度が体温レベルを超えてしまいます。このとき、物理的に外部から人体を冷却するシステムがなければ、熱中症になってしまうのです。
そこで今回のポイントは3つです。
① 人体の冷却機能
② 現行宇宙服の冷却機構
③ 新しい冷却服の提案
➀人体の冷却機能

私たちの体温は36.5度前後に保たれています。健康に生きるために大事なのは皮膚表面の温度ではなく、体の奥の「深部体温」を一定に保つことです。深部体温が基準値を超えると、人体は体温を下げようとして皮膚表面の血管を拡張し、血流量を増やして放熱しようとします。そのため、熱中症や風邪で発熱すると顔が赤くなります。このとき、額など体の一部だけを冷やすと血管を収縮させてしまい,放熱を妨げるため逆効果になります。冷やすのであれば全身を冷やす方が効果的です。血管は収縮しますが、熱伝導によって身体は冷却されます。
また、人体は汗をかいて体温を下げようとしますが、汗をかくだけでは体温は下がりません。皮膚表面から汗が蒸発するときに気化熱が奪われることで、体温が下がるのです。
②現行宇宙服の冷却機構

宇宙の真空空間で作業を行うためには、船外活動用宇宙服(Extravehicular Activity Suit; EVA suit)を着用しなければなりません。このEVAスーツは当然ながら、空気が漏れないように気密を保っており、内部は密閉空間です。その状態で最大8時間もの作業を行うため、宇宙飛行士の体温は上昇していきます。放置すると熱中症になる恐れがあるため、冷却下着(Liquid Cooling and Ventilation Garment; LCVG)を一番内側に着用します。
このLCVGはラクダ色の伸縮性下着の表面にびっしりとビニールチューブを這わせたものであり、そのチューブの内部をランドセル状の装置で冷やした水が循環し、身体を冷却します。しかし、ビニールチューブは汗を通さないため、宇宙飛行士はそのさらに下にTシャツを着用しています。
③新しい冷却服の提案
「汗を蒸発させれば体温は下がるのではないか。いや、それよりも衣服そのものが汗をかいて体を冷やしてくれれば、体温は上がらずに済むのではないか」という発想から、岐阜医療科学大学では自己発汗式蒸散服(Self-Perspiration and Evaporative Cooling Garment; SPECスーツ)を開発・検証し、国際誌にも論文を掲載しました(1)。

これは、伸縮性下着の表面に配置するチューブの量を減らして汗が乾く面積を増やすと同時に、チューブからじわじわと水をしみ出させ、その蒸発によって身体を冷却するものです。以前利用していた関キャンパスの実験室にはエアコンがなく、暑い盛りにこのスーツを着て計測を行いましたが、実際にとても涼しく感じました。
さらに「もう少し冷やしたい」と思ったときには、霧吹きや打ち水の要領で飛行士自身が蒸散を増やせる(Self-Perspiration and Evaporative Cooling and Wearer-controlled vaporization SPEC-Wスーツ)を試作・検証し、特許を取得し、論文も発表しました(2,3)。

ここまで研究を進めて
ここまで研究を進めてきて、致命的な欠点に気が付きました。宇宙服の内部は気密であるため、あっという間に湿度100%となり、水分が全く蒸発しないのです。そこで方針を転換し、ひたすら除湿に努める方法を考案・実験しています。重力も空気もない宇宙でどう実現するのか。続きは岐阜医療科学大学で。
【参考文献】
(1) Tanaka K, Nakamura K, Katafuchi T. Self-perspiration garment for extravehicular activity improves skin cooling effects without raising humidity. Acta Astronautica 104: 260-265, 2014.
(2) 冷却衣服 (自己発汗式蒸散服)出願人:神野学園,発明人:田中邦彦(特許第6429392号)
(3) Tanaka K, Nagao D, Okada K, Nakamura K. Cooling Effects of Wearer-Controlled Vaporization for Extravehicular Activity. Aerospace Medicine and Human Performance 88, 418 – 422, 2017.