雑学

「落ちる」ってどういうこと?――花やしきのジェットコースターと耳の関係

「落ちる」ってどういうこと?――花やしきのジェットコースターと耳の関係
浅草花やしきの名物・ローラーコースターが再始動します。時速40キロのレトロな乗り物ですが、あの「落ちる」感覚は今も健在。ところで、あの不思議な感覚はどこからくるのでしょう? 実は耳の奥にある“ある器官”が大きく関係しています。今回の記事では、ジェットコースターで味わうスリルの正体を、「耳」と「平衡感覚」の視点からひもといていきます。

目次

ジェットコースターで味わう「スリル」。その正体は?

浅草花やしきのローラーコースターが、2025年5月20日~2025年7月11日の運休期間を経て再開されるそうです。
できてからもう70年。時速はたったの40キロしか出ないそうですが、それでもしっかり点検を終え、また元気に走り出すとのこと。

このローラーコースター、日本では「ジェットコースター」と呼ばれる、いわゆる絶叫マシンの一種です。
ジェットコースターの魅力といえば、やはり「落ちる」瞬間。あの恐怖を体験するために、わざわざお金を払って乗りに行くわけです。

とはいえ、実際に「本当に落ちてしまう」となれば話は別。
「何回かに1回は本当に落ちる」なんて代物だったら、恐怖も絶叫も桁違いになるでしょうが、それは命に関わるので遊園地には置けません。

絶対に安全という信頼のもとで、「落ちる」という感覚だけを体験させてもらう――これが、ジェットコースターというものなのです。

ところでこの「落ちる」感覚、実は目や耳、体の表面など、いくつかの感覚が複雑に組み合わさって成り立っています。
具体的には、次の3つ。

  • 視覚(目からの情報)
  • 体性感覚(特に足の裏など、体の表面や筋肉の感覚)
  • 平衡感覚(耳の奥にある器官の働き)

ということで、今回のテーマはこの3つの中でも特に耳に注目して、以下の3つのポイントに分けて見ていきましょう。

 

 

耳で感じる「平衡感覚」とは?

耳の奥には、「三半規管」と「耳石器(じせきき)」という装置があります。
三半規管は体の回転を、耳石器は上下や前後などの直線的な動きを感じ取る役割を持っています。

ジェットコースターのような“落ちる”感覚は、重力を感じ取る耳石器がメインで働いているのです。

耳石器の中には、有毛細胞(毛の生えた細胞)の上に、炭酸カルシウムでできた小さな「石」が乗っています。体が動くと、この石が動きます。それによって毛が傾き、細胞が電気信号を出します。

この電気信号が神経を通って脳に伝わると、「動いた」とか「落ちた」とか、私たちはそう感じるのです。

つまり、目をつぶっていても、車や電車が動き出すと「動いた」とわかるのは、この耳石器のおかげなんですね。

 

 

耳と血圧の関係

私たち人間は、昼間は立ったり座ったりして過ごし、夜になると横になって眠ります。
横になっていた状態から立ち上がると、今度は重力が体の縦方向にかかります。すると血液は下に引っ張られ、足の方にたまりやすくなります。

昔のアパートで、水の勢いが上の階ほど弱くなる、あの感じに似ています。

特に「静脈」は、動脈と比べて壁が薄くてへなへなしています。たとえば、手の甲に浮かぶ血管を見てみてください。手を下げると血管が浮き出て、上げると消えますよね?
これは静脈内の血圧が上下しているからです。

同じことが足でも起こります。立ち上がると、足の静脈に血がたまり、心臓へ戻る血が減ります。その結果、頭への血流が減り、立ちくらみが起こるのです。

校長先生の話が長すぎて、朝礼で倒れてしまう生徒を見かけることがありますが、あれは「貧血」ではなく、「起立性低血圧」という現象です。

これまで、血圧が下がったことを感知して血管を締めたり、心拍数を上げたりする「圧受容器反射」が主な仕組みだと考えられてきました。

でもこれ、血圧が落ちてから反応する仕組みなので、実際にはちょっと遅いのです。

実際には、多くの人が急に立ち上がっても平気ですよね?ということは、血圧が下がる“前”に、体が予測して血圧を調整している可能性があるわけです。

私たちは、この予測的な調整に「耳石器」が関与していることを明らかにしました(1,2)。つまり、耳は「体が今から立ち上がるぞ」という動きを感知し、血圧が下がるのを未然に防いでくれているのです。

 

 

無重力だと「落ちる感覚」はどうなる?

では、宇宙に行ったらどうなるでしょうか?

宇宙では重力を感じません。つまり、耳石器も「上下がわからない」状態になります。
この状態がしばらく続いて地球に戻ってくると、体が重力をうまく感知できず、立ち上がったとたんに血圧が一時的に下がる現象が見られます。

その後、圧受容器反射によって血圧を元に戻そうとしますが、やや遅れて反応するため、宇宙飛行士は地球帰還後に立ちくらみを起こしやすくなるのです(3)。

 

 

まとめ:内耳を鍛えれば立ちくらみを防げる?

 

ちなみに、ジェットコースターが「ストン」と落ちる瞬間に、頭を下から上に向けてみてください。
そうすると、耳石器と有毛細胞の位置関係があまり変わらないので、「落ちる」感覚が弱くなります。
それが楽しいかどうかはさておき、そんな工夫も可能なのです。

それでは、耳石器を鍛えたら立ちくらみは予防できるのでしょうか?
――どうやら、できそうではありますね。

続きは、岐阜医療科学大学で。

 

※本記事に掲載されているイラストは、筆者が創作したものです。
特定のアニメ作品・キャラクターとは関係ありません。

 

【参考・出典】

(1) Tanaka K, et al. Vestibular system plays a significant role in arterial pressure control during head-up tilt in young subjects. Autonomic Neuroscience 148: 90-96, 2009.
(2) Tanaka K, et al. Subsensory galvanic vestibular stimulation augments arterial pressure control upon head-up tilt in human subjects. Autonomic Neuroscience 166: 66-71, 2012.
(3) Morita H, Tanaka K, et al. Long-term exposure to microgravity impairs vestibulo-cardiovascular reflex. Sci. Rep. 6, 33405; doi: 10.1038/srep33405, 2016

 

 

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この記事を書いた人

  • 田中 邦彦
    田中 邦彦 たなか くにひこ
    所属:
    薬学部 薬学科
    学位:
    博士(医学)
    専門分野:
    生理学、環境生理学(含体力医学・栄養生理学)、宇宙医学

    病院で外科医として修業した後、子供の頃からの夢であったアメリカ留学を経験しました。そこで「宇宙服」というテーマに出会い、延々と新しい宇宙服を考え、実験しつづけています。「血圧調節」の勉強とともに「資格取得」だけではなく、臨床・研究・教育に夢を見ることができる大学生活を考え続けています。

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