雑学

心臓の不思議その1 一生で20億回打ち続ける“いのちのリズム”

心臓の不思議その1 一生で20億回打ち続ける“いのちのリズム”
こころの臓器といわれる心臓に関する雑学と病気の話を3回に分けて紹介します。
第1回目は、心臓の拍動(心臓がリズムよく動いて血液を送り出す動きのこと)のしくみについて簡単に説明します。
拍動のリズムをコントロールする自律神経について、また拍動が乱れる病気『不整脈』について紹介します。

目次

心拍数と「いのち」のリズム

心拍数と「いのち」のリズムー心臓の図解

私たちの心臓が最初に動き出す瞬間、それは命の始まりを意味します。そしてその鼓動が止まるとき、命もまた終わりを迎えます。

心臓は、4つの部屋からなる筋肉の袋です。収縮とゆるみ(弛緩)を繰り返すことで、全身に血液を送り出すポンプの役割を果たしています。このポンプが動き続けている限り、私たちは生きていられるのです。

心臓は一分間におよそ60〜80回、平均すると70回ほど拍動しています。一回の拍動で送り出す血液は約70ミリリットル。つまり、大人の心臓は毎分5〜6リットルもの血液を体中に送り出していることになります[1]。手首や首などで感じるトクン、トクンという「脈」は、心臓の拍動によって血液が流れるリズムを表しており、その速さは通常、心臓が拍動している回数(心拍数)と一致しています。

 

 

心臓が規則正しく動くしくみ

心臓が拍動を続けるには、心臓の筋肉(心筋)を収縮するための電気信号が必要です。この電気信号を一定のリズムで発生させているのが、右心房にある「洞結節(どうけっせつ)」という特殊な細胞の集まりです[2]。

洞結節は自ら興奮と安静を繰り返し、そのサイクルが心臓全体のリズムをつくります。この一定のリズムを「洞調律(どうちょうりつ)」といい、心臓の規則正しい拍動のもとになっています。興味深いことに、心臓は体の外に取り出しても、栄養と酸素さえあれば、自ら拍動を続けることができます[3]。

つまり、心臓は自分で動く力を持った、まさに“自立した臓器”なのです。

 

 

自律神経による心拍数のコントロール

自律神経の図

眠っているときに脈がゆっくりになり、運動中や緊張時にドキドキと速くなる——これは誰もが感じたことがあるでしょう。

この心拍数の変化をコントロールしているのが「自律神経」です。自律神経は、私たちの意思とは関係なく働く神経で、心拍数を上げるのが「交感神経」、下げるのが「副交感神経」です。

交感神経が働くと、洞結節の電気信号を出すスピードが速くなり、心拍数が増加します。反対に、副交感神経が優位になるとその電気信号のリズムがゆっくりになり、心拍数は減少します[4]。この2つの神経がアクセルとブレーキのようにバランスをとりながら、私たちの“心の鼓動”を調整しているのです。

 

 

心拍数と寿命の不思議な関係

哺乳類の心拍数と寿命の関係

「哺乳類は一生に約20億回、心臓が打つと寿命を迎える」という説があります。これは生物学者・本川達雄氏が著書『ゾウの時間 ネズミの時間』で紹介した考え方です[5]。

体の小さい動物ほど心拍数が多く、大きい動物ほど少ないという観察は古くから知られています。ハツカネズミは1分間に約600~700回打って寿命は2~3年。猫は120〜180回で10〜15年。ゾウはわずか30回ほどで、寿命は70〜80年といわれています。こうして比べてみると、どの動物も一生の心拍数はおおよそ20億回前後です。

しかし人間は違います。1分間に約70回の拍動だとすると、20億回で約54年ですが、実際の平均寿命は80歳前後。医療の進歩や生活環境の改善によって、人間は“心拍数の法則”を超えて生きられる、少し特別な存在なのです。

 

 

「こころ」と「心臓」──感情と鼓動のつながり

こころと心臓―感情と鼓動のつながり

ストレスや不安を感じたとき、胸がドキドキする。そんな経験は誰にでもありますよね。

古代から「心は心臓に宿る」と考えられてきたように、心拍数はこころの感情にも大きく影響されます。英語でも “heart(ハート)” は心臓と心の両方を意味します。

現代医学でも、心臓のリズムの乱れ(不整脈)が精神的ストレスと関係していることが知られています。脳と自律神経、そして心臓の連携が乱れると、拍動のリズムも乱れやすくなるのです。また、安静時の心拍数が高い人ほど心血管疾患による死亡リスクが高いことも報告されています[6]。つまり、“穏やかな鼓動”を保つことは、長寿にもつながる可能性があるのです。

 

 

生命を象徴する「鼓動」

生命を象徴する「鼓動」

2025年の大阪・関西万博では、iPS細胞から作られた「iPS心臓」が展示されました[7]。もしそれが動いていなかったとしたら、それは単なる細胞の塊にすぎません。しかし、拍動を始めた瞬間、それは「心臓」として命を感じさせる存在になります。

 

心臓が自ら動き続ける――その小さなリズムこそ、私たちの生命そのものの証なのです。

 

 

 

参考・引用について

[1]Guyton AC, Hall JE. Textbook of Medical Physiology. 14th ed. Elsevier; 2021.

[2]Opthof T. The mammalian sinoatrial node. Cardiovasc Res. 1988;22(4):331–47.

[3]Neely JR, Morgan HE. Relationship between carbohydrate and lipid metabolism and the energy balance of heart muscle. Annu Rev Physiol. 1974;36:413–59.

[4]Berntson GG, Cacioppo JT, Quigley KS. Autonomic determinism: The modes of autonomic control. Psychol Rev. 1993;100(6):459–82.

[5]本川達雄. 『ゾウの時間 ネズミの時間』中公新書, 1992.

[6]Zhang D, Shen X, Qi X. Resting heart rate and all-cause and cardiovascular mortality in the general population: a meta-analysis. CMAJ. 2016;188(3):E53–63.

[7]朝日新聞デジタル. 「拍動するiPS心臓」万博で展示 命のリズムを体感. 2025年4月発表.

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この記事を書いた人

  • 小畑 孝二
    小畑 孝二 おばた こうじ
    所属:
    薬学部 薬学科
    学位:
    博士(農学)
    専門分野:
    循環力学

    心臓は、ATPという化学エネルギーを収縮という機械的エネルギーに変換し、血液を全身に送り出すポンプとして働きます。しかし、そのエネルギー効率がどのように決まるかは、まだ完全には分かっていません。もし効率の良い心臓の仕組みが分かれば、多くの心臓病患者を救う新しい治療法につながる可能性があります。この仕組みの解明と治療薬への応用を目指して研究を進めています。

    教員詳細