雑学

心臓の不思議その2 どうして心臓は疲れない?命を守る冠動脈のひみつ

心臓の不思議その2 どうして心臓は疲れない?命を守る冠動脈のひみつ
こころの臓器といわれる心臓に関する雑学と病気の話を3回に分けて紹介します。
第2回目は、疲れを知らない臓器である心臓の栄養補給について簡単に説明します。冠動脈の血管が詰まったり、狭くなって血流が悪くなる病気『冠動脈(かんどうみゃく)疾患』と、その予防のための生活習慣について紹介します。

目次

疲れない心臓のひみつ

 

私たちの心臓は、1日におよそ10万回も鼓動しています。一生のあいだに数えると、なんと30億回以上。運動をしたり、ドキドキ緊張したりすると、その回数はさらに増えます。まさに「休むことを知らない働き者」です。しかし不思議なことに、心臓は一度も休まずに動き続けても疲れません。どうしてそんなことができるのでしょうか?

たとえば、久しぶりに運動をすると筋肉痛になりますよね。これは筋肉(=骨格筋)に「乳酸」という疲労物質がたまるからです。でも、心臓の筋肉(=心筋)は違います。心筋はこの乳酸を老廃物ではなく“エネルギー源”として再利用できるのです[1,2]。

さらに心臓は、体の中で酸素をたくさん使う臓器のひとつです。体重のわずか0.5%ほどしかない小さな臓器なのに、全身をめぐる血液の約5%を自分のために受け取っています[3]。つまり心臓は、常に酸素たっぷりの血液に支えられているのです。

そしてもうひとつの特徴は、心筋細胞がほとんど分裂しないことです。細胞分裂には多くのエネルギーが必要ですが、心筋はその分のエネルギーをすべて拍動に使っています[4]。

これこそが「疲れない心臓」の大きな秘密なのです。

 

 

心臓を支える“冠動脈”とは?

 

心臓は全身に血液を送るポンプでありながら、自分自身も血液を必要としています。その心臓に酸素と栄養を届けているのが「冠動脈(かんどうみゃく、冠状動脈ともいう)」です。冠動脈は心臓の表面をまるで王冠のように取り囲む血管で、心臓のすみずみまで血液を届けます。大動脈から枝分かれし、右冠動脈と左冠動脈に分かれます。特に左冠動脈は心臓の“主力ポンプ”である左心室を支えており、より多くの血液が流れています[3]。冠動脈がしっかり働いているからこそ、心臓は休むことなく拍動を続けられるのです。

 

 

冠動脈の病気──「補給路」が途絶えるとどうなる?

 

では、この冠動脈が詰まったり、狭くなったりするとどうなるでしょうか。

血液が流れにくくなり、心臓の筋肉に酸素が届かなくなります。その結果、胸の痛みや圧迫感などの症状が出てきます。これが「冠動脈疾患」と呼ばれる病気で、悪化すると心筋梗塞(こうそく)を引き起こし、最悪の場合、突然心停止に至ることもあります。

日本人の死因の第2位である「心疾患」の多くが、この冠動脈のトラブルに関係しています。原因は、動脈硬化(血管の老化)や血のかたまり(血栓)、さらには血管の過剰な収縮など。胸の重苦しさや締めつけられるような違和感があったら、早めの受診が命を守る第一歩です。

 

 

心臓を守るための生活習慣

 

冠動脈の病気を防ぐには、毎日の生活の中でできることがたくさんあります。

まずは適度な運動。ウォーキング、ジョギング、サイクリング、水泳などの有酸素運動が効果的です。軽い筋トレ(レジスタンス運動)も、心臓を支える筋肉を保つのに役立ちます。

食生活では、塩分を控え、食べ過ぎ・飲みすぎを避けることが基本。さらに、十分な睡眠、規則正しい生活、そして何より禁煙が大切です[5,6]。

結局のところ、「健康的でバランスのとれた生活」こそが、心臓を長く元気に保つ一番の近道です。

 

 

いのちを刻み続ける小さなポンプ

 

直径わずか数センチの心臓。この小さなポンプが、私たちのいのちを一瞬たりとも止めることなく支えているのです。

心臓の仕組みを知ることは、医学を知ることだけでなく、自分の体と向き合う第一歩でもあります。

“疲れない心臓”の不思議と美しさを感じることで、医療が少し、あなたの身近なものになるかもしれません。

 

 

 

参考・引用について

[1] Stanley WC, Recchia FA, Lopaschuk GD. Myocardial substrate metabolism in the normal and failing heart. Physiol Rev. 2005;85(3):1093–1129.

[2] Taegtmeyer H, Young ME. Metabolic flexibility in the heart: How the heart adapts to fuel availability. Am J Physiol Heart Circ Physiol. 2016;310(8):H1077–H1084.

[3] Guyton AC, Hall JE. Textbook of Medical Physiology, 14th ed. Philadelphia: Elsevier; 2021.

[4] Bergmann O, et al. Evidence for cardiomyocyte renewal in humans. Science. 2009;324(5923):98–102.

[5] 日本循環器学会. 循環器疾患の診断と治療に関するガイドライン(2023年度版).

[6] 世界保健機関 (WHO). Cardiovascular diseases (CVDs) fact sheet. Updated 2024.

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この記事を書いた人

  • 小畑 孝二
    小畑 孝二 おばた こうじ
    所属:
    薬学部 薬学科
    学位:
    博士(農学)
    専門分野:
    循環力学

    心臓は、ATPという化学エネルギーを収縮という機械的エネルギーに変換し、血液を全身に送り出すポンプとして働きます。しかし、そのエネルギー効率がどのように決まるかは、まだ完全には分かっていません。もし効率の良い心臓の仕組みが分かれば、多くの心臓病患者を救う新しい治療法につながる可能性があります。この仕組みの解明と治療薬への応用を目指して研究を進めています。

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