第3回目は、心臓のポンプ機能のエネルギー消費とエネルギー効率のしくみについて簡単に説明します。今後、さらに加速する高齢化社会において予想されている心不全パンデミックについて、その予防と対策を考えていこうと思います。
目次
心臓のエネルギー効率ってなに?

心臓は一生にわたり休むことなく拍動し、全身に血液を送り出すポンプの役割を担っています。この持続的な活動は、心筋細胞内で生成されるATP(アデノシン三リン酸)という化学エネルギーによって支えられています。ATPは酸素と栄養素から効率的に合成され、心筋の収縮・弛緩という機械的エネルギーに変換されます。この変換効率は非常に高く、心臓は疲れにくい臓器として知られています[1]。
しかし、心不全では心筋のエネルギー効率が低下します。心不全の心筋は、酸化的代謝能力(酸素を使って、効率よくエネルギー(ATP)を作り出す力)が減少し、ATPの供給が不足することで収縮力が低下します。この状態では、心臓は十分な血液を全身に送り出せず、血流不足が生じます。その結果、臓器への酸素供給が不十分になり、疲労感や呼吸困難、浮腫(むくみ)などの症状が現れます。また、心不全では心拍数の上昇や心筋の負担がかかり続けることで、心臓の筋肉の形や性質が変わってしまうことが起こり、さらなるエネルギー消費が必要となるため、負のスパイラルに陥ることがあります。
心臓のエネルギー効率の維持は、心不全の発症予防や進行抑制において非常に重要です。近年では、代謝改善薬や心筋エネルギー代謝を標的とした新規治療法の研究が進められています。これらは、ATP産生の効率を高めることで心筋の収縮力低下を防ぎ、症状の改善や再入院の抑制につながる可能性があります。
高齢化社会と心不全の増加

日本は世界でも有数の高齢化社会であり、2025年時点で65歳以上の高齢者は人口の約30%を占めると推計されています。この高齢化は、心不全患者の増加に直結する大きな社会的課題です。すなわち、心不全パンデミックです。心臓は加齢に伴い、心筋細胞の代謝能力や血管の弾力性が低下するため、心臓のポンプ効率は徐々に低下します。また、高齢者は高血圧、糖尿病、虚血性心疾患など複数の生活習慣病を併発していることが多く、心不全のリスクがさらに高まります[2]。
心不全は特に入院を伴う場合、再入院率が高く、患者本人の生活の質(QOL)を大きく低下させるだけでなく、医療費の増加という社会的負担も生みます。厚生労働省の調査によると、心不全での入院は65歳以上の高齢者に多く、医療費の増加や介護ニーズの増大と密接に関連しています[3]。このことから、心不全は単なる個人の疾患ではなく、高齢化社会全体の医療・社会保障システムに大きな影響を及ぼす問題として捉える必要があります。
心不全を防ぐために大切な3つのポイント

高齢化社会における心不全対策として、以下の3つのポイントが重要です。
・早期診断と適切な治療
心不全は進行する前に発見することが重要です。心不全の初期症状は軽微であり、息切れや疲労感、軽度の浮腫など日常生活で見過ごされやすい特徴があります。定期的な健康診断や血液検査によるバイオマーカー(BNP, NT-proBNPなど)の測定、心エコー検査による心機能評価は早期診断に有効です。また、ACE阻害薬やβ遮断薬、SGLT2阻害薬などの薬物療法は、心筋のリモデリングを抑制し、症状悪化を防ぐ効果があります[4]。
・患者教育とセルフケア
体重管理、塩分制限、日々の症状観察など、患者自身がセルフケアを行うことは再入院防止に非常に有効です。症状の変化に早期に気付くことで、悪化する前に医療機関での介入が可能となります。高齢者や家族に対する教育プログラムの整備も重要です。
・医療体制の整備
慢性心不全の患者さんの多くは、通院だけでは十分な管理が難しいこともあります。在宅医療や地域包括ケアシステムの充実は、高齢化社会において不可欠です。訪問診療や遠隔モニタリングを併用することで、入院リスクを低減できます。また、医療従事者の多職種連携も、心不全患者の生活の質維持に寄与します。
心臓のエネルギー効率を守ることが、心臓の未来を守る

心臓のエネルギー効率の低下は、心不全の大きな原因のひとつです。高齢化が進む社会では、この問題に向き合う重要性が、今後さらに高まっていくと考えられます。高齢者の心臓は、ATP産生効率や収縮力の低下により心不全を発症しやすく、合併症の影響で症状が重症化しやすい特徴があります。心不全の増加は、医療費や介護費用の増大と直結するため、社会全体での対策が求められます。
早期診断・適切な治療、患者教育・セルフケア、在宅医療や地域包括ケアの整備を組み合わせることで、高齢化社会における心不全の予防と管理を効果的に行うことが可能です。心臓のエネルギー効率を理解し、それを維持することは、心不全予防のみならず、高齢者の生活の質を維持する上で極めて重要なのです。
参考・引用について
[1] Neubauer, S. (2007). The failing heart—an engine out of fuel. New England Journal of Medicine, 356(11), 1140–1151.
[2] Benjamin, E. J., Muntner, P., Alonso, A., et al. (2019). Heart Disease and Stroke Statistics—2019 Update. Circulation, 139(10), e56–e528.
[3] 厚生労働省. (2022). 「心不全の現状と対策」.超高齢社会で急増する心不全|高齢者の心不全|心臓病の知識|公益法人 日本心臓財団
[4] McDonagh, T. A., Metra, M., Adamo, M., et al. (2021). 2021 ESC Guidelines for the diagnosis and treatment of acute and chronic heart failure. European Heart Journal, 42(36), 3599–3726.