雑学

モビルスーツのリアルな構造とは?新作ガンダムの“あのシーン”から考える人体と気圧の話

モビルスーツのリアルな構造とは?新作ガンダムの“あのシーン”から考える人体と気圧の話
2025年4月、人気SFアニメ『機動戦士Gundam GQuuuuuuX(ジークアクス)』の映画が公開され、テレビシリーズの放送も開始となり、話題を呼んでいます。本記事では、新作ガンダムの1シーンに注目し、3つの視点から「呼吸」と「減圧症」、そして「宇宙空間における人体の保護」について科学的に掘り下げます。SFとサイエンスの接点に興味のある方は、ぜひお付き合いください。

目次

モビルスーツと宇宙服、呼吸から読み解く“リアル”な宇宙

2025年4月、新作アニメ『機動戦士Gundam GQuuuuuuX(ジークアクス)』の映画が公開され、続いてテレビシリーズの放送もスタートしました。第1話では、これまでのシリーズと同様、戦いとは無縁だった主人公が突然目の前に置いてあるガンダムに乗り込み、なぜかいきなり操縦できてしまうというおなじみの展開が描かれます。しかし、ここで注目したいのは“実際に操縦できるのか”とか“ニュータイプとは何か”といった話ではありません。筆者が気になったのは、極端に短いスカートを履いた主人公が、コックピットで荒く息をしている描写です。

そこで今回は、以下の3つの科学的な視点から「宇宙服と人体の関係」について解説します。

 

 

①呼吸する気圧と人体にかかる気圧の関係

人間は空気を吸って吐くことで生きています。でも、空気の役割は「呼吸」だけではありません。実は空気には、私たちの体を外側から押さえる働きもあるんです。地球の地表、つまり海面の高さでは「1気圧」という空気の圧力が常に私たちの体にかかっています(図1)。これは1013ヘクトパスカルという数値で表されます。この圧力があるからこそ、体の中にある血液に酸素や窒素がきちんと溶け込んでいられるのです。ところが、もしこの外からの圧力が急に下がると、体の中の窒素が溶けていられなくなり、泡となって出てきてしまいます(図2)。これは、コーラの缶を開けたときにシュワッと泡が出るのと同じような現象です(ちなみに、瓶入りのコーラは缶やペットボトルよりも炭酸が強いんです。これは瓶のほうがそれだけ強い圧力をかけられるからです)。

このような状態を「減圧症」と呼びます。これは「体が沸騰している」のではなく、血液に溶けていた二酸化炭素が溶けきれなくなって気体として出てくる現象です。特に体の表面近くを流れる静脈はこの気圧変化の影響を受けやすく、急激に人体の周りの気圧が下がると、溶け出した泡が肺にまで流れ込み、死に至ってしまう。だからこそ、呼吸するための空気の圧力と、体を押さえる空気の圧力は、同じくらいであることがとても大切なんです。

 

 

②モビルスーツのコックピット内圧と宇宙服内圧の関係

アニメの中で、ガンダムが置かれている場所は「エアロック」と呼ばれる空間です。ここは外の宇宙空間とは違って、与圧(ちゃんと空気があり、気圧が保たれている状態)されているため、主人公はもちろん敵の兵士もヘルメットを外した状態で活動しています。
しかし、敵のモビルスーツに乗っている兵士は宇宙服を着て、ヘルメットをしっかりかぶって操縦しています。一方で、ガンダムに乗り込んだ主人公は、エアロックが破壊され、宇宙空間=真空状態に放り出されても、普通に呼吸をしていて、減圧症にもならずに平気な様子です。不思議ですね。
このことから分かるのは、ガンダムのコックピットは完全に空気が漏れないように「気密」がとられており、さらに内部の気圧は人間が安全に過ごせるように「与圧・換気」されているということです。
1気圧から急に気圧が下がっても減圧症にならない最低ラインは約0.65気圧とされています[1]。さらに換気を行っていなければ窒息してしまう。なぜなら、重力がない宇宙空間では対流が起こらないので、吐き出した二酸化炭素が口・鼻周辺に滞ってしまい、呼吸が苦しくなるからです。

つまり、ガンダムの中には「気圧」「換気」「気密」すべてがちゃんと整っている、ということがわかります。

 

 

③現在の宇宙服と人体の関係

現実世界の宇宙に話を戻しましょう。
アニメに登場するモビルスーツと同様に、宇宙空間は「真空」なので、そこに出るには必ず宇宙服(正式には「船外活動用宇宙服=Extravehicular Activity Suit; EVAスーツ」)を着る必要があります。当然ながら宇宙空間は真空=0気圧なので、内部に空気の圧力(=内圧)をかける必要があります。
でも現在、アメリカや日本の宇宙飛行士が使っている EVAスーツの中の圧力は、たったの0.3気圧しかありません。これは、地球上の空気の圧力(=1気圧)の約3分の1です。でも、宇宙服の中は酸素だけで満たされているので、呼吸はできるのです。

とはいえ、急いでEVAスーツを着て飛び出してしまうと「減圧症」を起こしてしまいます。だから宇宙飛行士は、船外活動の前日から少しずつ部屋の内圧を下げて、血液中の窒素を吐き出していくという「予備呼吸」を行う必要があります。

よく映画などで見るエイリアンが襲ってきたから、あるいは隕石で宇宙ステーションに穴が開いたからといって「そりゃっ!」と飛び出すことはできないのです。また予備呼吸をしたからといって、0.3気圧(ちょうどエベレストの頂上くらいの気圧)しかないので、2日も3日も活動するわけにいきません。
ではなぜこんなに気圧を下げて活動させるのか。内圧を高くすると、宇宙空間は真空=0気圧なので、EVAスーツ内外の圧格差で風船のように膨張してしまい、動きにくくなってしまうのです。動きやすくするためにはできるだけスーツ内圧を下げる必要がある、そうすると減圧症の危険はより高くなる。この「可動性」と「減圧症リスク」という相反する「要求」が、EVAスーツを作るにあたって大きな問題のひとつであると言えます。

 

こうした課題に対して、岐阜医療科学大学では0.65気圧での安全性と高い可動性を両立する新しい宇宙服の開発に取り組んでいます。
医療と工学を融合させたこの研究は、将来の宇宙開発だけでなく、過酷な環境下で働く人々の安全性向上にもつながると期待されています。

 

 

おわりに

 

こうして科学の目でガンダムの世界を見ると、フィクションの中にもリアリティが潜んでいることがわかります。
ちなみに筆者には、ジークアクスがどこか『ゲッターロボ』にも見えて仕方がないのですが。
――続きは岐阜医療科学大学で。

 

※本記事に掲載されているイラストは、科学的な内容をよりわかりやすく伝えるために、筆者が創作したものです。
特定のアニメ作品・キャラクターとは関係ありません。

 

【参考・出典】

1)Webb JT et al. Human tolerance to 100% oxygen at 9.5 psia during five daily simulated 8-hour EVA exposures. Aviat Space Environ Med. 1989; 60: 415-21.

 

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この記事を書いた人

  • 田中 邦彦
    田中 邦彦 たなか くにひこ
    所属:
    薬学部 薬学科
    学位:
    博士(医学)
    専門分野:
    生理学、環境生理学(含体力医学・栄養生理学)、宇宙医学

    病院で外科医として修業した後、子供の頃からの夢であったアメリカ留学を経験しました。そこで「宇宙服」というテーマに出会い、延々と新しい宇宙服を考え、実験しつづけています。「血圧調節」の勉強とともに「資格取得」だけではなく、臨床・研究・教育に夢を見ることができる大学生活を考え続けています。

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